地図
R15が横切る新橋交差点。
昭和通りはココからスタート。
逆方向は新橋駅前を通り赤坂方面へと向かう外堀通り。
新橋交差点過ぎてすぐに、反対車線側に
旧新橋停車場がある。
逆光かつ木々に隠れて分かりづらい画像となってしまているが、初代新橋駅の駅舎を再現した鉄道歴史展示室がある。
この中には汐留貨物ターミナル撤去の際に発掘された、初代新橋駅の基礎が保存されてる。
また鉄道や東京の歴史をテーマにした展示物を置かれている。
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新橋交差点から200m程で蓬莱橋交差点。
ここで
海岸通りからr316本線ルートをバトンタッチされる。
ちなみに交差点名の元となった蓬莱橋は現存せず。
海岸通りの汐先橋(この橋も現前しない)から此処まで区間は
旧汐留川を埋め立てて開通させた。
交差点名の橋名はこの川に架かっていた橋という事だ。
汐留川は赤坂溜池より流れ出て、一部は江戸城外堀の一角であったが、明治期に虎ノ門から幸橋(現在のJR高架と交差する辺り)までの流路が埋め立てらた。
昭和30年代には汐先橋まで高速と海岸通りの建設に利用され、現在は浜離宮のお堀となっている部分だけが残っている。(なお浜離宮のお堀の西側と南側が汐留川、北側が築地川となっている)
高架下ドンキのむこうに高速の新橋出口。
この高架道路、首都高と思いきや実は『東京高速道路』という別の団体が管理する道路(通称KK線)。
汐留JCT~京橋JCTの区間を持ち、西銀座JCTで首都高八重洲線と接続。
厳密には汐留JCTから蓬莱橋手前にある乗継所までは首都高八重洲線となっている。
この東京高速道路は高架下のテナント料で経営をまかなっており、通行は無料。
例えは新橋から入って、首都高に入る手前の新京橋で出れば料金は掛からない。
また、首都高から東京高速道路を経由して、また首都高へ入る場合でも10分以内に通過すれば再度料金を払う必要がない。
故に都心環状線の銀座付近が渋滞をしてても、KK線を利用することで迂回する事ができる。
因みに首都高開通(1962年に京橋~芝浦)より実はKK線の方が早かったりする(土橋~城辺橋開通が1959年)。
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東京高速の高架を潜ると、今度は異形の歩道橋が上部を覆う。
正式名称は昭和通り銀座歩道橋、愛称はときめき橋。
X字状の橋桁は歩行者の利便性だけでなく、昭和通り路面上に橋脚を築くことなく強度を保つ事に役立っている。
歩道橋入口各所にはエスカレーターも設置される豪華設計。
1995年(平成9年)完成と既にバブルは崩壊した時期ではあるが、好景気の余韻を残した感覚の建造物とも言える。
ちなみにこの橋をテーマにした『銀座・ときめき橋』と言う記念曲まで作られている。
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ときめき橋下の辺りから第一京浜方面から新橋交差点をパスするアンダーが地上に出てくる。
このアンダーはなんとバイク通行止め(原付はもちろん、125cc以上もダメ)。
途中、第一京浜から昭和通り方面へ向かう途中に急カーブがあり、そこで大きな二輪車事故か何かがあって通行止めになってしまったのだろう。
アンダー入口には二輪車通行禁止の標識は掲げられてはいるが、それでもうっかり入ってしまい、出口手前に待機している白バイに御用となってしまうライダーは絶えない。
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上がって来た地下道は本線と一瞬交わった後に再び地下に潜る。
この地下道は一種原付(50cc)以外の二輪車はOK。
新京橋交差点までの1km近くの信号をパスする事が出来て便利だが、夕方ラッシュ時には地下道が目一杯渋滞している事も多く、その場合はあえて地上ルートを通った方が早い場合もある。
地下道と分岐してすぐに晴海通りとの接続点である三原橋交差点。
左折は有楽町を抜けて皇居方面へ、右折は築地を経由して晴海・有明方面へ向かう。
交差点右斜めには歌舞伎座。
1889年(明治22年)に解説され、現在の施設は2013年(平成25年)に完成した5代目である。
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銀座東三丁目交差点を右折して200m程に首都高銀座入口がある。
この入口、銀座の名を冠しているがどちらかと言うと築地地区の方が近い。
あと、細い路地横にひょこっと入口があるような感じなので、慣れていない人にはちょっと使いづらい。
地図
新京橋交差点手前より地下道があがってくる。
新橋~江戸橋の間で唯一新京橋交差点だけがパスできない。
故にこの交差点を先頭とする渋滞が朝夕ラッシュに発生する。
地図
新京橋交差点は有楽町方面への左折オンリー。
右折方面にある高速羽田方面への京橋ランプへ向かうには、一旦路地を一周する必要がある。
左折後に直ぐUターンと言う方法も無くないが、幅員が広くはない道なので4輪だと余りオススメできない。
交差点を過ぎると東京高速の高架を再び潜り、京橋地区へ。
続く[8回]
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